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サイト更新日2017-03-26

Mito Manami

水戸真奈美(本名)

生年月日 8月27日 
出 身 地 宮城県柴田町

2005年 5月
 歌手を目指し上京
2005年12月
 ティートックレコーズのレッスン生として所属
2009年 4月
「Just Feeling/伝えたい…コト…」をリリース
2010年 4月
「Live the Dream/伝えたい…コト…」で全国デビュー
2011年 6月
「WEDDING ROAD」(CD&DVD)他3曲 リリース
2013年10月
「今を生きる」全5曲収録
2014年1月
「今を生きる」(DVD)全3曲収録



━好きな言葉

「ありがとう」
「ふたつの勇気と笑顔」
障害を受け止める勇気、それでも前に進む勇気(障がい者から学んだこと)
悲しみを乗り越える勇気、それでも前に進む勇気(震災から学んだこと)

━━━サインヴォーカリスト 水戸真奈美

宮城県柴田町出身の「サインヴォーカリスト」(歌詞に込められた想いを手話で表現しながら歌う歌手)
自分の声が聞こえない方々にも気持ちを伝えたいという想いから手話を取り入れ始め、それが人生を大きく変えるキッカケとなる。
手話が持つ「向き合って気持ちを伝える」というコミュニケーションのおかげで引っ込み思案から一転。
人生を変えるほどの経験とたくさんの方々との出会いにより、音楽と共に「手話の魅力」や「みんな一緒に喜びを共有」することの大切さなどを伝えている。
現在はライブをはじめ、震災や様々な方との出会いから学んだ「生きる価値や人権」をテーマにした講演活動などにも精力的に行っている。
また、障害や様々な特性、年齢、性別、国籍など関係なく誰もがみんなで一緒に楽しめる空間・みんなが暮らしやすい社会になるよう、楽しみながら大切な気づきが得られるような「ユニバーサルエンターテイメント」を全国で開催できるよう奮闘中。

2010年4月にリリースされた「Live the Dream」で全国デビューを果たす。
2011年6月にリリースされた「Wedding Road」は3月の東日本大震災において、防災アナウンスを続けて津波の犠牲になった遠藤未希さんに捧げた歌として、TBS系列「みのものんたの朝ズバッ!」新聞各紙に取り上げられ話題となった。
2013年には、東日本大震災の支援活動の中で学んだ《生きる事の意味》《命の大切さ》をテーマにしたCD・DVD「今を生きる」をリリース。

━━━「手話」との出会い

学生時代のアルバイト中、ろうの方に手話で尋ねられ答えることが出来ず悲しい思いをし、町の手話サークルに参加したのが手話との 出会い。その後手話とは一旦距離を置き、シンガーを目指し上京。歌とダンスのレッスンに励む毎日だったが、ふと手話が気になり手話の勉強を再開。 歌手を目指したのは、人前に出るのが苦手で喋りも得意ではない自分を変えるため。そして、表現力を向上させる方法として手話と歌を組合わせ、より多くの 人々に自分の気持ちを伝えることが出来るのではないかと考えた。歌詞の意味を考えながらパフォーマンスに手話を組み込み、試行錯誤で手話と歌との融合を研究した。まだまだ勉強中だが、手話を取り入れたことにより出会いが広がり、ろうの方や子供たちからたくさんの勇気をもらうことができた。手話に無縁な人達にも手話の素晴らしさ、楽しさを伝えることを胸に活動をしている。

━━━【サインヴォーカリスト】としての想い

「手話」をは始めるきっかけとなった出会いは、大学時代の耳の不自由な方との出会いでした。
アルバイト先に来店した耳の不自由なお客様。
慣れない対応で必死に身振り手振りでとったコミュニケーション。
それから耳の不自由な方ともお話ししたいと手話に興味を持ち、学び始めました。

歌手を目指して上京してからは、あるレコード会社のオーディションに合格し、歌手としての活動が始まりました。
自分の声が聞こえない方にも気持ちを伝えたいという思いが芽生え、慣れない手話を取り入れ始めてからは新たな出会いも増えました。
手話サークルに通うようになってから、手話は「目を見て話す」「表情も大事」というコミュニケーションに大事な事を学び、人と話す事が苦手だった自分が自然と笑顔で積極的にコミュにケーションができるようになりました。
大切な気づきをもらい人生を変えてくれた手話を、多くの方々に広めよう!みんなが一緒に楽しめる音楽を作って行きたい!
それがサインヴォーカリストとしてやっていこうと決めたキッカケです。

しかしながら、アーティストはたくさんいます。活動はそんな甘いものではなく、簡単にはいきませんでした。
もう辞めようか・・・やっぱり私には難しい世界だったのか・・・
そんな中で、「ウエディングロード」という曲ができ、全国リリースを間近に控えている時に、あの東日本大震災が起きました。

日本中が未来を失った失望感の中での被災地支援活動。
被災地を訪れると大切な家族、大切なものを無くした、私とは比べ様がないほどの辛い思いをされている方々との出会いばかりでした。

そのような出会いの中で、南三陸町で避難を呼びかけ続けていた遠藤未希さんとの出会いが私に大きな役割を気づかせてくださいました。
震災後のある出会いから、未希さんの葬儀で「ウエディングロード」を歌って欲しいというお話をいただいたのです。
葬儀で歌うなんて・・・本当に行っても良いのかという不安と葛藤もありました。
震災から2ヶ月が過ぎ、結婚式を間近に控えていた未希さんを笑顔で送ってあげたいというご意向でしたので、戸惑いながらも葬儀会場を訪れました。
そこで未希さんとご主人になられる方が手話の専門学校で出会われた事を聞かされました。
鳥肌が立ち、震える自分の気持ちを抑えながら歌う中で、「天使の声」をすべての人に伝えなければいけない・・・サインヴォーカリストしての自分の使命と役割を感じた瞬間でした。

そして、現在は耳の聞こえない方々だけではなく様々な障害や特性に対しての理解を広めるため、大人だけではなく子どもたちにも自分で大切な気づきを感じていただけるようなステージを作るために奮闘しています。