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サイト更新日2016-10-30

東日本大震災 被災地支援

「ふたつの勇気と笑顔・・・」

前に進むための勇気を被災地の方々から学びました。

未曾有の大震災であった東日本大震災は、私の人生も変える大きな出来事でした。
震災の時に、都内(銀座)にいた私も未だかつて無い恐怖を感じました。その後、震源地が地元の宮城である事を知り、不安と孤独の中、通じない家族や友人の安否を思い眠れない日々を過ごしていました。

 家族と連絡が取れたのが数日後、テレビやインターネットの映像から被災地の状況を見ると、いてもたってもいられない状況でした。
 1年前に、全国デビューをし各地でのイベント活動を行う中で、2年目を迎え6月に新曲「ウエディングロード」のリリースを間近に控えている状況でしたが私の心も世の中はそれどころではありません。

 今できることは何か・・・私に出来ることは・・・
何が出来るかも分からないまま被災地に向かいました。

 そして自分を取り巻く不思議な出来事の数々。生まれて初めて自分の生きる「役割」・「使命」を感じることが出来ました。
歌を通じてこの思いを伝えること。この震災の経験を生かし悲しみを繰り返さないこと。

 大きな影響力を持つ私ではありませんが、私に出来ること、私の役割と使命を感じて、これからも微力ながら被災地の支援活動を続けていきたいと思っています。

ステップ解説記事

2011年5月5日 宮城県気仙沼市 リトルリーグ支援

子供たちに野球を荒らせて上げたい・・・そんな思いから実現したイベントに参加させて頂きました。
気仙沼のグラウンドは、全て自衛隊の基地と避難場所になってしまいました。気仙沼にはリトルリーグチームが2つあります。一つは沿岸部。もう一つが海から離れた地域。この2チームから選抜された選手達が大会に参加することになっていました。沿岸部のチームは全員が被災し避難所暮らしを強いられ大会への参加も見合わせることになりそうなところ、たくさんの方々の支援の中で全員が協力し大会に参加することが出来ました。子供たちに野球をさせて上げたいと言う強い思いから実現したイベントには楽天イーグルスの選手や地元出身のプロ野球選手などが参加され笑顔のひとときに立ち会うことが出来ました。


2011年5月4日 宮城・南三陸

遠藤未希さんの葬儀で・・・
「天使の声」と言われた南三陸町で最後まで避難のアナウンスをやり遂げて亡くなられた遠藤未希さんの葬儀で歌わせて頂きました。未希さんの声が聞こえない方々に届いていたのか・・・・未希さんは手話の専門学校で手話を習得し聴覚障害者の支援活動も行っていました。不思議なご縁が私に大切な使命を与えてくれました。


2011年5月3日 宮城へ義援金を届けました

あっとふぉむ」の手話サークルを中心とした皆さんからの支援金を宮城の聴覚障がい者災害対策本部に届けさせて頂きました。
手話サークルの皆さんにご協力頂いた支援金は、宮城県ろうあ協会に届けさせて頂きました。復興までにはまだまだ長い時間が掛かります。自分に出来る支援をこれからも続けていきたいと思っています。